シューベルトのオペラ「アドラスト」
歌詞対訳


 ここでは、シューベルトの未完のオペラ「アドラスト」D.137のあらすじと、現存している歌詞の対訳を記載しています。
歌詞は、現存する楽譜分の完全演奏を試みたCD「Schubert Adrast Einzelnummern und Entwürfe zu einer Oper D 137」Österreichische Akademie der Wissenschaften 2012のライナーノーツに記載されているものから翻訳を行いました。

アドラストについて


「アドラストAdrast」D.137はシューベルトの19(未完・断片を含む)のオペラの1つで、未完のものである。D番号は若いが、作曲は中期の1819年ごろと推定されている。
台本は彼の友人のヨハン・マイヤーホーファーによるものだが、この時期の多くのオペラと同様に原作があり、ヘロドトスの『歴史』が伝えるアドラストス(同名のアルゴス王とは別)の物語に基づいている。
遺された自筆譜は総譜が8曲、断片が5曲あり、以下の対訳はそのすべてをカバーしている。
(参照:井形ちずる『シューベルトのオペラ』水曜社)

アドラストの成立や校訂についてのより詳しい情報はこちら

元となるヘロドトスのアドラストスの物語


 アドラストスはフリュギア王ゴルディアスの息子であり、リュディア王クロイソスに関するヘロドトスの物語の中で知られている。彼は誤って兄弟を殺害してしまい、父に国を追われた。サルディスで彼はクロイソスから祝福を受け、宮殿に客として滞在することになる。
 滞在の最中、ミュシアのオリンポス山より大猪が現れ、ミュシアの地を荒らすようになる。住人は大猪の退治を試みるが、傷一つつけることができず戻ってくる。ミュシア人はクロイソス王に息子のアテュスを従者や猟犬とともに派遣してくれるよう嘆願する。クロイソスは鉄の槍先でアテュスが殺される夢を見たため、はじめは息子を送ることを拒んでいたが、アテュスは猪が鉄の槍を用いるはずがないと父を説得し、山へ向かう。
 クロイソス王はアドラストスに、狩りに出る息子を護衛するよう頼み、アドラストスはそれを引き受ける。大猪を発見すると、狩りの一団は猪を囲んで槍を投げるが、アドラストスの投げた槍は目標を誤ってアテュスに致命傷を与えてしまう。アテュスの遺体を抱えて一団が帰還すると、アドラストスは王に、人殺しの罪を負ったままで生き続けることはもはやできないので、王子の遺体の上で自らを殺すよう哀願する。クロイソス王は、このことは神々の復讐であるため、アドラストスの過ちではないとして申し出を拒否する。それにもかかわらず、アドラストスは自ら命を絶ってしまうのだった。
(ただし、このオペラでは結末が異なり、アドラストは追放されるのみである)

「アドラスト」歌詞対訳


登場人物:
フリュギア王ゴルディアスの息子アドラスト
リュディア王クレズス
クレズスの息子アテュス
アテュスの妻アリアニュス
合唱:羊飼い、ミュシア人、金捕り

1.導入
羊飼いの合唱、アドラスト(テノール)
Chor der Hirten
Dank dir Göttin, warmen Dank,
Du kleidest Hain und Triften grün,
Du heißest durch ein schaffend Wort,
Das Land, so dein, aufs neue blühn.
Mit dem Hirten hüpft die Herde
Wonning auf beblümter Erde.
羊飼いの合唱
女神よ、あなたに心から感謝いたします。
あなたは野や牧場を緑で覆い、
豊穣の言葉でもって、あなたの大地に
新たに花を咲かせて下さいます。
花盛りの大地で、群れは羊飼いとともに
至福の中で跳ね回っています。
Adrast
Mein Vaterland, leb‘ wohl, auf ewig wohl,
Mir blüht kein Segen hier.
Du stoßest mich von dir,
O Vaterland, leb‘ ewig wohl.
アドラスト
我が祖国よ、さらば、永遠に!
この地は私に恵みをもたらしはしない。
おまえは私を追い出すのだ、
祖国よ、さらば、永遠に!
Chor der Hirten
Uns fiel wohl ein schönes Los,
Hingestreckt auf weichem Moos,
Fern von blut’gen Kriegen,
Sorgenfrei zu liegen.
羊飼いの合唱
素晴らしい幸が授けられた我らは、
柔らかな苔の上で横になる。
血に塗れた戦からは遠ざかり、
不安もなく、体を休める。
Adrast
Ein Mörder darf bei Glücklichen nicht weilen,
Nach Sardis denn, um mich vom Fluch zu heilen,
Lebe wohl, mein Vaterland!
アドラスト
人殺しは、幸いな者らのそばにいるわけにはいかない。
しからばサルディスへ行こう、我が呪いを癒すために、
さらば、我が祖国よ!
Chor der Hirten
Dann in frischer reiner Luft,
Atmend vollen Kräuterduft,
Neidend keinen andern,
Durch das Land zu wandern.
羊飼いの合唱
新鮮で澄んだ空気の中、
草の香りを吸い込んで、
誰もうらやむことなく、
この地を歩き回ろう。
2. アドラストのレチタティーヴォとアリア
Retitativ
Ein schlafend Kind!
Es schlummert fest und süß; du weichest nur zu schnell, der Kindheit gold’ne Zeit, die Unschuld, und auch der Friede.
レチタティーヴォ
眠れる子よ!
よく眠っているな、おまえの子供時代はもう去ったのだ。輝かしく、無垢で、平安に満ちた子供時代は。
Arie
In diesem waldumschlossen
Und abgelegnen Raum,
Begrüßt mit Friedensklängen
Ein goldbeschwingter Traum.
Er kühlet mit den Flügeln
Mir meine wunde Brust
Und leitet mich zu Hügeln
Voll morgendlicher Lust.
アリア
この森に囲まれ、
人里離れた空間で、
平穏な響きの中、
麗しい夢が訪れる。
夢はその翼でもって、
傷ついた私の胸を鎮め、
清々しい喜びに満ちた、
丘へと私を連れてゆく。
3. アドラストのアリア
Meine Seele, die dich liebt,
Wünschet, dass dein Leben,
Wie der Fluss hier, ungetrübt,
Golden mög' entschweben.
Doch vor allem, junger Freund,
Lerne dich bezwingen,
Und du wirst auch sicherlich
Jedes Glück erringen.
Atys, wenn dich Kummer quält,
Nimmer werd‘ er mir verhehlt,
Und was du an Wonne hast,
Teile redlich mit Adrast.
あなたを愛する我が魂は、
この澄んだ川のように、
あなたの人生が、輝いて
流れゆくことを望む。
だが若き友よ、何よりも
自らを抑えることを学べ。
そうすればきっと、
あらゆる幸運が訪れるだろう。
アテュスよ、もし苦悩が襲ったら、
決して私に隠さないでくれ。
喜ぶようなことがあったら、そのまま
このアドラストと分かち合ってくれ。
4. クレズス(バリトン)のレチタティーヴォとアリア
Retitativ
War einer je der Sterblichen beglückt, so durfte ich dafür mich halten. Sieg häufte ich auf Sieg, Gold floss mir in Strömen zu, und meine Ruhe stört‘ ein Traum. Doch welch‘ ein Traum, der Sohn, der herrliche, der heißgeliebte, soll mir durch frühen Tod auf immer, ach?entrissen werden, ihr Götter, wendet dieses ab!
レチタティーヴォ
誰かが幸せになったならば、それによって私は支えられる。私は勝利を一つ一つ積み重ね、金は私の下へ流れ込んでくる。私はある夢によって安らぎを妨げられた。その夢は、私から息子を、あの素晴らしく、最愛の息子を、永遠に奪い去るという夢だった。神々よ、どうかこの運命から守りたまえ!
Arie
O Zeus! Hab‘ ich recht geherrscht, Gewähre den schönsten Lohn!
Erhalte mir nur Atys, meinen Sohn!
So schön als rüstig, fromm gesinnt,
In seinem Wesen wahr,
Wie die Sonne mild und rein,
Ein Löwe in Gefahr.
アリア
ゼウスよ、私は正しく国を治めてきました、
どうかその報いを与えたまえ!
ただアテュス、私の息子を守りたまえ!
素晴らしく壮健で慎み深く、
性根は正しく、
太陽のように穏やかで純粋、
危機にあるあの獅子を。
5. ミュシア人の合唱
クレズスとソロ四重唱を伴う男声合唱
Chor der Myser
Der König Heil! Wir nahen ihm
Mit hoffnungsvollem Mut.
Er wird das Weh‘, das uns verfolgt,
Mit starker Hand zerstreun.
Dir, Krösus, Heil! Dir, König, Heil!
Alle Myser flehn zu dir!
ミュシア人の合唱
国王陛下万歳!我々は希望に満ちて、
陛下の下へ参ります。
陛下であれば我々の悩みの種を、
その力強い手で取り除いてくれるはず。
クレズス王万歳!陛下万歳!
ミュシア人すべてが陛下にお頼み申し上げます。
Krösus
Was führet euch nach Sardis?
Sprecht, meine Treuen!
クレズス
なぜサルディスにやってきたのだ、
話すがよい、臣民よ!
Vier Myser
Nur Wäldem angefüllt hebt in Mysien sich der Olymp und hegt des Wildes Uberzahl. Ein Eber auch von ungeheurer Größe, der hauset dort verwüstend, was deine Diener angebaut, zerstört er rasch in einem Nu mit wilder Raubbegier. Oft stellten wir dem Eber nach, doch sind wir nicht im Stand das Untier zu erlegen, nur eine Hoffnung nähren wir und wagen diese Bitte:
4人のミュシア人
森に囲まれたミュシアにはオリンポス山がそびえ、多くの野の獣が住まっています。一匹のすさまじい大きさの猪が山を荒らしまわっており、その野獣の凶暴さでもって、あなたの僕の植えたものを、たちまちのうちに食らいつくしてしまいます。我々は幾度もその猪を追いましたが、あの化け物を仕留めることは叶わず、一縷の望みを抱いて陛下の御前に参りまして、懇願いたす次第でございます。
Chor der Myser
Dass du uns, o Herr,
zu Hilfe schickst den tapfern Sohn,
den Lanzenschwinger Atys.
ミュシア人の合唱
陛下、どうか我々を助け、
あの勇ましい王子を、
投げ槍の達人アテュス王子をお送りくださいませ。
Krösus
Unmöglich ist, was ihr begehrt, der Lyder Söhne Wackerste, sie sollen ziehn mit euch, doch Atys bleibt in Sardis, so spricht zu euch der König.
クレズス
そなたらの望みは叶わぬ。リュディアで最も勇敢な男らをそなたらに遣わせよう。だがアテュスはサルディスに留まるのだ。王がそう申しておるのだ。
Chor der Myser
Heil! Heil! Dir, Krösus, Heil, Dir König, Heil!
Er wird das Weh‘, das uns verfolgt,
Mit starker Hand zerstreun.
Alle Myser flehn zu dir!
ミュシア人の合唱
万歳!万歳!クレズス陛下万歳!
陛下であれば我々の悩みの種を、
その力強い手で取り除いてくれるはず。
ミュシア人すべてが陛下にお頼み申し上げます。
6. 音楽のみ
7. クレズスとアリアニュスの二重唱
Krösus
Erheitre dich, der Lenz entbreitet vor uns sein herrliches Gewand,
Und streuet lächelnd, wie er schreitet, Blumen und Düfte auf das Land.
Aus Büschen flöten tausend Kehlen
Und wollen uns mit gleicher Lust beseelen.
クレズス
なんと晴れやかなことか、春が我らの前に、その明るい衣を広げておる。
まるで春が笑いながら辺りを歩き回っているかのように、大地には花々とその香りに満ちている。
茂みからは無数の鳥の声が聞こえ、我々にも同じ喜びを分け与えようとしている。
Arianys
Ich suche im Zitronenwald des Gatten liebliche Gestalt.
Der Vögel Sang mehrt meinen Drang,
Du zauderst lang, o Atys!
アリアニュス
私は夫のレモンの園で、愛しい人を探します。
鳥たちの歌はなぜためらっているのと私を急かしています。おお、アテュス!
Krösus
Siehe, wie mit jungen Rosen
zarte Schmetterlinge kosen.
クレズス
見よ、若いバラのような、
いたいけな蝶たちがたわむれておる。
Arianys
Wär ich so leicht und ring,
Wär ich wie ein Schmetterling,
Flög‘ ich davon, eilte zum schönsten Glück,
Labte mich an seinem Blick, nährte mich von seinem Ton.
アリアニュス
私があれほど軽くて細かったら、
あの蝶のようだったら、
すぐにでも美しい幸福の下へ飛んでゆくのに、
彼の眼差しを楽しみ、彼の声のするところへと寄っていくのに。
8. クレズスとアドラストの二重唱(葬送行進曲)
Krösus
Wie liegst du starr und bleich, mein Sohn, erwache, dein Vater ruftet dir. Er schläft den ew’gen Schlaf.
Führt nun den Mörder Vor.
クレズス
身動きもせず、青ざめて横たわっている息子よ、起きよ。父がお前を呼んでいるのだぞ。彼は永遠の眠りについてしまったのか。
すぐに殺人者を連れて来い。
Adrast
Wann enden diese Quallen?
アドラスト
この苦しみはいつ終わるのか?
Krösus
Adrast, mein liebstes Kind, vertraut‘ ich deiner Hut, nun fordr‘ ich es von dir. Du schweigest, feiger Mörder? Ich ehrte dich als Gast und sühnte dein Verbrechen. Zum Lohne würgtest du mir meines Alters Stutze.
Du Schweigest immer noch? So führt ihn in den Tod!
クレズス
アドラストよ、愛する子よ。私はおまえに守護を任せたのだ。まさに今おまえにそれを求めているのだ。卑劣な人殺しめ、黙っているのか?私はおまえを客人として尊重し、おまえの罪を贖ったのだ。その報いとして、おまえは私の長年の心の支えを奪うのか。
まだ黙っているのか?ならば彼を殺してしまえ!
Adrast
Gerecht ist dein Gebot, und nur willkommen mir, des Lebens Lust verblich, und tröstend naht sein Ende, beschleunige es, Herr, ich flehe dir zu Füßen.
Wenn andere mit heit’rem Blick,
Empor zu Sonne schauen,
Erfüllen Mord und Reue mich
Mit ungeheuerm Grauen.
Denn was ich liebste, starb durch mich,
Mich zwangen Götterschlüsse.
Gestatte, König, dass mein Blut
Doch bald versöhnend fließe.
アドラスト
あなたの命令はまったくもって正しい。私はそれを受け入れるのみです。人生の喜びは色あせ、慰めは足早に消え失せつつある。王よ、この通り、どうかお願いいたします。
もし誰かが明るい眼差しで、
太陽を仰ぎ見たならば、
殺人と後悔は私に、
とてつもない恐怖(夜明け)をもたらすだろう。
私の殺してしまった最愛の人は、
私に神々の手による終結を迫っている。
王よ、私の血を流すことによって
贖うことをお許しください。
Krösus
Unglücklicher, du dauerst mich, ihr Götter, diese Wunde schlugt ihr dem Hause Krösus. Ihr warntet mich, doch achtete ich nicht der Warnung, die mir kam. Steh‘ auf, doch meide meinen Blick, dir ist verziehn, entferne dich!
クレズス
不幸な者よ、おまえが気の毒でならない。神々よ、あなた方はクレズス家にこの傷をもたらしたのだ。あなた方は私に起こることに対して警告を発していたが、私はそれに注意を払わなかった。立つがよい。我が前から去れ。そなたは許された。どこへなりと行け。
Adrast
O Herr!
アドラスト
王よ!
断片A:レチタティーヴォと二重唱
Atys
Aus den Mermnaden bin ich denn allein verdammt zu tatenloser Ruh?
Ein Gut für andre, nicht für Krösus‘ Sohn, des Krösus, der dies Reich gegründet, des Krösus, dem die nahe Hellas bebt, ich fühl‘ in mir der Väter Blut.
Entfernt vom Krieg, beraubt der Waffen, groll‘ ich dem Los der Weichlichkeit.
Und Arianys füllt mein Herz nicht aus.
Doch still, sie naht.
アテュス
メルムナデス朝の王族の中でも、私だけが無為な平穏に苛まれているのか?
他の者にとってはいいことだが、クレズスの息子にとってはそうではない。この富を築き上げたクレズス王、ヘラも震え上がるクレズス王、その父の血が、私にも流れているのを感じるのだ。
戦から遠ざかり、武器を奪われ、私はこの軟弱な運命を恨んでいる。
アリアニュスは私の心を満たしてはくれない。
だが彼女がやって来る。静かにしよう。
Arianys
Schon wieder mein Gemahl in Ernst versenkt, nenn ich ihn Kummer?
Vertraue mir, was dich beklemmt.
アリアニュス
私の夫はまたあれほど沈み込んでいる。「苦しみ」と呼んでもいいほどね。
打ち明けてください、何があなたを苦しめるのかを。
Atys
Geliebte, nichts, du irrest sehr,
es ist so meine Art und Mischung meines Blutes.
....
アテュス
愛しい人よ、なんでもない、思い違いさ。
これは私の性格と、私の血によるものさ。
(欠落)
断片B:合唱
Goldfischer
Aus den Fluten winket Gold, wie’s glänzt und blinkt im Sonnenschein.
Werft die Netze nun hinein, unser muß es sein...
金捕り
水の中から、金が呼んでいる。太陽の光の中で輝いているかのよう。
網を投げよう、我々の仕事だ…(欠落)
断片D:アリア
Krösus
...
Warum ließ ich mit dem Verruchten dich auf die Jagd?
Umsonst, mein Atys! Entsetzlich Los der Könige, es frommet keine Wohltat mehr.
Fluch, Mörder dir, mein schönstes Glück fiel mit dem Sohn, wie bleicht der Krone Glanz, er erbt sie nicht und Krösus hat umsonst gelebt.
Das Ungeheure ist geschehn, so folge denn die Strafe, ich schleudre auf den Mörder, vom hohen Königssitz erschütternd und zermalmend des Todes roten Blitz.
クレズス
(欠落)
私はなぜおまえを、あの化け物の狩りへとやったのだ?
駄目だ、アテュスよ!王の恐ろしい宿命には慰めはないのだ。
殺人者よ、呪われよ。私の最大の幸福は息子にあり、王冠の輝きが褪せるように、彼はそれを継ぐことなく、クレズスの人生は無駄となる。
恐ろしいことが起こり、罰が下される。私は高き王の座より、あの殺人者へ死の赤い稲妻を投げつけ、粉々に砕くのだ。

    藤井作


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