「クロンナン」(D282)

オシアン原詩

ハロルド訳詩

Y・C・M邦詩

マール「苔むす岩の根に、荒海のしぶきが

たえず襲う。荒波が寄せては返す

人も通わぬ、小島に一人

山を下るカモシカ

狩りをする人も見えず

静かな真昼の時

悲しみに一人くれる

今も消えない君の面影

今こそ現われてほしい

髪をなびかせ、胸をゆさぶって

目に涙を浮かべ、霧の中に

あでやかな姿を!

今一度君を抱きしめて

ふるさとでともに暮らそうよ!

あの姿は、荒れ野にもえるカゲロウのよう

岩も山も踏み越えて、近付く乙女!

秋の夜のおぼろ月、それとも夏の太陽

聞こう、かすかなささやきを

岸辺の葦のような」。

サーラ「待ちかねておりました

お供もなくたった一人で

あなたは死んだと聞きました

涙にぬれながら」。

マール「供もなくただ一人

生き長らえて来た

あとわずかな命

死者の霊を慰めて生きるのだ

どうしておまえはこんな荒れ地に

一人立っているのか?」。

サーラ「マール、私だけ寒さに震えながら

海の泡になって、マール、死んでしまったの」。

マール「立ち去る!風の吹き抜ける霧のように

なぜ急ぐのか?待て!振り向いて見せてくれ!

美しい顔を。

荒海の磯に一人

寄り来るしぶきを浴びて

岩の根を枕に置きつつ

おお、サーラよ、幻の翼に乗って

荒磯を越えて行こう

せめて声だけ聞かせておくれ

音もしない真昼」。



 

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