2016年秋の例会

「白鳥の歌」
  「フィエラブラス」第2幕より


演 奏
ソプラノ:斉藤真歩  バリトン:草刈伸明
ピアノ:阪本田鶴子
男声合唱:ゆずり葉、アンサンブル・バウム
音楽・指揮:田村典子 ピアノ:諌山万貴

2016年9月3日(土)pm2:00開演
会場:早稲田奉仕園・リバティホール  

主催:国際フランツ・シューベルト協会  協賛:メタモル出版

プログラム

男声合唱:ゆずり葉 指揮:田村典子 ピアノ:諌山万貴
愛     D983-2
詩篇第23番 D724

歌曲集「白鳥の歌」D957より
■レルシュタープ曲集
ソプラノ:斉藤真歩   ピアノ:阪本田鶴子
「恋の使い」  「セレナーデ」
■ハイネ曲集
テノール:草刈伸明   ピアノ:阪本田鶴子
「漁師の娘」「海辺で」「都市」
「かの女の肖像」「アトラス」「ドッペルゲンガー」

(休憩)

オペラ「フィエラブラス」(D796)第2幕より

ローラント:草刈伸明  フロリンダ:斉藤真歩
エギンハルト:竹内篤志 ボーラント:安彦克己
騎士たち:アンサンブル・バウム 戦士たち:ゆずり葉

No.12:三重唱曲・合唱付き「覚悟はいいか!」
No.13:アリア「この胸を襲う不安」
No.14:男声合唱「父なる祖国よ」
No.15:メロドラマ「あの方はどこに」
No.17:フィナーレ「この手にもの言わせ」


【例会動画】
第1部
第2部



例会感想

 いくらか前回より間が空いてしまったが、9月3日に早稲田奉仕園のリバティホールで開催された例会では、新しい試みが実に見事に成功していたと感じられた。以下にその内容をお伝えしよう。
 例会のタイトルは「『白鳥の歌』と『フィエラブラス』第2幕より」というもので、第1部と第2部に分かれている。第1部は合唱曲と歌曲集「白鳥の歌」から成り立っている。当日のお話で、シューベルトの時代のウィーンでは合唱と器械体操が男性のたしなみとして流行していたとうかがったが、実際にシューベルトも男声・女性・混声合唱や小声楽曲を合わせて100曲以上も作曲している。しかしピアノ歌曲に比べれば歌われる機会も少ないので、今回聴くことができたのは貴重な体験といえるだろう。曲目はD.983-2「愛」とD.724「詩篇第23番」で、歌われたのはアンサンブル「ゆずり葉」の方々でピアノは諌山万貴さんだ。1曲目はシラー作詞で、愛の力強さを歌ったもの。2曲目はモーゼス・メンデルスゾーンがドイツ語に訳した、旧約聖書の一節を歌にしたものだ。このメンデルスゾーンは音楽家のメンデルスゾーンの祖父で、レッシングの「賢者ナータン」のモデルにもなったと言われているユダヤ人である。孫のメンデルスゾーンはシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」を初演したことが知られているが、シューベルトの側からも関わりがあったことは驚きだった。演奏については、どちらもゆったりとした曲で、ゆずり葉の方々の歌唱はドイツ語も聴き取りやすく、情感にあふれたものであった。以前ウィーンのシューベルトの生家でコンサートを聴いた後、観客の数人が外で合唱を始めるのを見たことがあるが、それを思い出させる内容であった。
 続いて「白鳥の歌」より、レルシュタープ作詞の2曲をソプラノの斉藤真歩さんが、ハイネ作詞の6曲をテノールの草刈伸明さんが歌われた。ピアノは阪本田鶴子さんである。斉藤さんによるパートは「恋の使い」と「セレナーデ」で、小川の流れに乗せてのびやかに歌う1曲目と、大きく盛り上がる第3節で全力の歌声を聴けた2曲目で対照的な演奏であった。草刈さんのパートは「漁師の娘」「海辺で」「都市」「かの女の肖像」「アトラス」「ドッペルゲンガー」という曲目で、元の曲順をこのように並び替えて披露された。穏やかな曲から徐々に起伏のある曲へと移り、「ドッペルゲンガー」で頂点へと達して終わる、という意図だったのではないかと思われる。その意図はうまく当たっており、徐々に緊張感が高まっていき、最後で爆発するかのような迫力の演奏であった。しかし欲を言えば、最終曲の「鳩の使い」も聴きたいと思った。確かにこの曲は1曲だけザイドル作詞であり、歌詞も音楽もハイネの曲に比べれば非常にシンプルで、「ドッペルゲンガー」から続けるには違和感があるかもしれない。それでも、この曲にはシューベルトの遺したほぼ最後の歌曲として、何か非常に大事なものが込められているのを感じるのだ。実際、ピアニストのジェラルド・ムーアは『シューベルト三大歌曲集 歌い方と伴奏法』(シンフォニア刊)の中で、「白鳥の歌」を続けて歌うときには、「ドッペルゲンガー」の終了後に一旦楽屋へ戻り、聴衆や自身の気持ちを落ち着けてから、「鳩の使い」に入ることを提案している。このような工夫があれば、「鳩の使い」もうまくプログラムに組み込めるのではないだろうか。
 さて、ここまではいつもの例会と同じような調子だったが、休憩をはさんで行われた第2部こそ、今回最大の目玉といえるものであった。曲目はオペラ「フィエラブラス」D.796の第2幕からの5曲の抜粋である。以前、2013年の春の例会でも同様の形でこのオペラの楽曲が演奏されたが、今回はそれがさまざまな点で豪華になっていた。というのも、伴奏に合わせて歌うだけではなく、セリフや演技、ナレーションによりさらにオペラに近いものとなっていたのである。おまけに、一部の出演者は手作りの衣装や小道具まで用意され、実に臨場感あふれる音楽劇が出来上がっていた。曲目を順番に見ていこう。第12曲「覚悟はいいか!」はムーア人君主ボーラントが和平にやって来たフランク王国の騎士たちの投獄を告げる場面で、安彦克己さん演ずるボーラントが草刈伸明さんによるローラントに剣を突きつけ、それを斉藤真歩さんのフロリンダが止めるという筋書きで、残りのゆずり葉の方々が演じるムーア人兵士による合唱も加わった緊迫の一場面であった。続く第13曲「この胸を襲う不安」はフロリンダによるアリアで、愛する人を捕らえられた不安と、ローラントを救う決意がセリフも交えて歌われた。第14曲「父なる祖国よ」はフランク王国の騎士たちによる合唱で、ローラントと今回のために集まってくれたアンサンブル・バウムの方々が祖国を懐かしんで歌った。そこに現れたフロリンダと、ローラントが再開する場面が、メロドラマを挿んだ第15曲「あの方はどこに」である。そして最後に武器を取って脱出を図る第17曲の「この手にもの言わせ」が演奏された。この時は残りの方々もフランク騎士として登場し、出演者総出による豪華なフィナーレとなった。
 以上のような第2部の「フィエラブラス」抜粋は、単に楽譜を演奏するのではなく、そこにさまざまな工夫を凝らしたことで、非常に独創性にあふれ、見ていて面白いものに仕上がっていたといえる。これは、多くの方々による寄与のなせるわざである。第一に、シューベルト作曲のオペラの原曲が疑いもなく素晴らしいのであるが、それをピアノ伴奏用に編曲したことによって、十分に演奏可能かつ聴きやすいものとなった。さらに、元のドイツ語から邦詩を作成したことも重要である。この邦詩のおかげで、舞台上で起こっていることが容易に把握でき、場面との一体感が得られるようになった。これだけの下準備に加えて、当日の出演者の方々も邦詩を覚えて歌ってもらっただけではなく、セリフや演技など、さまざまな演出上の工夫に協力してくれた。これらすべてが組み合わさって、今回の舞台が完成したのである。その迫力と臨場感から、この形式を小ホールで演奏可能な音楽劇の1ジャンルとして確立してほしいと思ったほどだ。ともかく、この例会のために多くの準備をされた杉山さんと、出演を引き受けて下さった演奏家の方々には惜しみない感謝を贈りたい。なお、この例会の模様は、その一部始終を録画したものを動画サイトのYouTubeにアップロードしてあるので、惜しくも見逃した方も、もう一度観てみたい方も、そちらで閲覧することが可能である。
 以上が秋の例会の報告となる。今回は、これまでにない試みでまったく新しい形のシューベルト演奏会を見ることができた。この成功は今後への布石ともなると思われるので、次回の開催にもまた期待していきたい。


    藤井記


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