9月例会 〜祈りの音楽は美しい〜
              
                                          大塚恵美               
 秋の例会のお知らせをいただいた時、実はすごく嬉しかったのです。そう、初の「私のドイチュ番号」の曲を聴けるからです。やっぱりわくわくしますね。私のドイチュ番号は「ドイツ・ミサ曲 D.872」です。ドイチュ番号を交響曲にしている方ほどではないと思いますが、例会では聴く機会は無いだろうと思っていました。

 そして、出演者が畑儀文さんと藤崎美苗さんです。関西在住の畑さんの演奏を聴けることを本当に有難く思います。うれしいですね、あの美声を都内でお聴きする機会に恵まれるのは。今年に入って2回目ですよ。藤崎さんは2007年の上野旧奏楽堂での協賛コンサートでのミサ曲第6番のソプラノ独唱、2008年9月の例会「ソプラノとバリトンの午後」に続いての出演となります。藤崎さんと言えば、バッハコレギウムジャパンのソリストとしても有名な方で、私の住んでいる千葉県では合唱団の指揮者としても活躍されています。

 今回の例会、場所は早稲田奉仕園のリバティーホールです。同じ敷地内に結婚式を挙げる教会の施設もあり、例会のテーマである「賛美、祈り、信仰」にぴったりです。会場の最前列にはタキシードで決めた素敵なおじさま方が座っておられました。男声合唱のBH Chorの皆様です。なんと2年に一度シューベルト作品中心のコンサートを開催していらっしゃるそうです。素晴らしい!それにしても、グリークラブが大流行していた世代の方は歌を続けていらっしゃる方が多いですね。私の世代から見るととってもかっこよくてうらやましいです。出演者の男性合唱団の方々が前を固めていたとはいえ、リバティーホールには満席に近い参加者がいらしてくれました。(ヤッター)

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 まずは、畑さんによる「サルベ・レジーナ D.106」。D番号からも分かるようにシューベルトが10代の頃の作品です。今回はもちろんオーケストラ伴奏ではなくピアノ伴奏版です。若い頃の作品のかわいらしい明るさに満ちていると思いました。こういう曲はやっぱり畑さんの美しいテノールが光ります。今回の例会で取り上げられた多くの曲に共通して言えることですが、この作品を生で聴けるとは思ってもいませんでした。私も宗教曲全集なるものを持っているのでちょっと聴いたことがあったな、という程度の認識しかなかったのですが、やっぱり素敵な曲です。このような選曲のプログラムは、なかなかよそで聴けるものではありません。いつも思っているだけであまり口にしたことはなかったのですが、この場をお借りして杉山代表の創意工夫と実行力によって、興味深く楽しい演奏を聴く事ができることに心からの感謝を送りたいと思います。楽しい反面、大変なご苦労がある事でしょう。

 そして藤崎さんが歌ってくださった「詩篇13 D.706」。今回のプログラムの中で唯一この曲だけCDを持っていませんので、この曲を生演奏で聴かせてもらえて本当にうれしかったです。

 3曲目は「天上の聖人よ D.488」ソプラノとテノールの二重唱です。ここで杉山代表から興味深いお話を伺いました。どうやらこの曲は作られた事情が良く分かっていないそうですが、ただ、シューベルトの初恋の人テレーゼ・グローブが歌う事を想定したのでは、とのことです。我がフランツ君の恋話はやっぱり気になるものです。幸せな結末にはならなかった事を思うとなおさらその初恋によって生まれてきたであろうシューベルトの歌曲にいとしさを感じます。それにしてもお二人の声は美しい。9月に入ったというのに全く秋の気配などしなかった当日の暑さには皆さん閉口したことと思いますが、畑さんと藤崎さんの二重唱はなんともさわやかで外の暑さを吹き飛ばすようでした。

 そしていよいよ、男性合唱団の登場です。「詩篇23 D.706」と「ドイツミサ曲D.872 サンクトゥス」を歌ってくださいました。2曲に共通するのは意味の分からないラテン語のテキストではなく、自分たちの言語であるドイツ語での宗教曲を歌おうという当時の宗教の啓蒙運動だそうで、私はこの啓蒙運動に故実吉晴夫氏の志を重ねてしまいます。「ドイツ・ミサ曲」は前述の通り私のD.番号の曲です。今回BHCの皆さんが歌ってくださったのは賛美歌としても取り上げられている、ある意味シューベルトの曲の中でも演奏される機会が多いのに、何故か匿名性の高い曲です。私も中学生の頃合唱で歌った事があったのですが、作曲者がかの有名なシューベルトだと知ったのはずっと後になって、シューベルトの曲を聴くようになってからのことです。男性合唱で歌われるサンクトゥスは重厚で、独特の魅力に溢れていました。

 そして「水の上の霊たちの歌」、テノール独唱のD.484と男声合唱D.538を聴き比べるという、夢のような企画の実現です。杉山代表のお話で、今回取り上げられなかった同じ詩による8声の男声合唱を含め、何度もこの詩に曲をつけていること、この詩に独唱の曲をつけたのは最初の曲だけだったことなどが指摘されました。私もこの詩の曲がD.番号が大きくなるにつれて大規模で凄みを帯びていくことに以前から興味を持っていました。

それにしても、男性合唱曲は相当難しかったと思います。異常ともいえる暑い夏の間、練習に集まることすら大変だったはずですが、BHCの皆さんは素晴らしい演奏をしてくださいました。シューベルトの曲を取り上げてくださることも含め、心から感謝したいです。

 休憩を挟んで後半のプログラム、タキシードの紳士たちは普段着に着替えて客席に着かれました。後半はリラックスして演奏を聴いてくださったことと思います。

  まずは藤崎さんの「よろこび D.433」「ギリシャの神々 D.677」「星座 D.444」「万霊節の日に D.343」「アヴェ・マリア D.839」です。「よろこび」は天国という 言葉が出てくるものの、邦詩訳を聴くたびにその内容の俗っぽさにちょっとクスッとしてしまうのですが、何とも愛らしく可愛い歌だと思います。「万霊節の日に」は杉山代表の邦詩によるものです。万霊節とはカトリック教会ですべての死者のために祈りを捧げる行事のことだそうで、ヨーロッパの事に疎い私のようなものには、お彼岸やお盆の仲間なのかな、などと思ってしまいます。それでも邦詩で聴いてみると、よく知らないカトリック教会関係の行事であっても、何となく、ほんとに何となくなのですがちょっと身近に感じられた気がしました。「ギリシャの神々」「星座」は、男声で歌われるイメージがあったので、最初藤崎さんが歌ってくださるということで少し意外に思いました。私は、この2曲をどこか中性的な、まるで宗教画に出てくる天使のようなイメージで歌ってくださったような気がして、とっても素敵だったと思いました。

 畑さんには「夕映えの中で D.799」「春の神D.488」「マリア D.658」「全能の神 D.852」を歌ってくださいました。「全能の神」は故実吉晴夫氏の邦詩によるもので、月並みな言い方で申し訳ないのですが、とってもかっこよかったです。歌っているご本人はさぞ体力を消耗されたとは思います。

 プログラムの最後は「光と愛 D.352」です。舞台では畑さんがテノールのパートを歌い上げます。するとそこへ静に藤崎さんが現れ、ソプラノのパートを歌われます。そして最後の二重唱、畑さんと藤崎さんが時折目と目を見つめあいながら歌われるのです。美男美女のお二人だからこそ決まる演出に、うっとりしながら聴き入ってしまいました。この曲、以前からCDを持っていましたが、あんまり聞いた事がありませんでした。今回あらためて感じたのですが、特に二重唱がすごくイケてるのです。オーケストラでアレンジでもして、ハリウッド映画の主題歌にでもしたら結構売れるんじゃないか、と下世話なことをつい考えてしまいました。畑さんと藤崎さんの素晴らしい歌声をこころいくまで楽しませていただきました。

 以上、私の例会の感想です。とりとめのない勝手な事ばかり書いてしまいました。例会に行けなかった会員の皆様には様子が分からないとお叱りをうけるかもしれません。それでも例会がものすごく楽しかったことをお伝えできてればいいな、と思っています。私も数年前までは年会費を払うだけの幽霊会員だったのですが、最近は例会に参加できるようになって、とても有意義な時間を過ごさせていただいていると感じています。

 最後にこの暑い夏、練習に励んでくださった出演者の方々に心からの感謝いたします。本当にありがとうございました。

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