シューベルトのオペラ「アドラスト」
解説


 ここでは、シューベルトの未完のオペラ「アドラスト」D.137の成立過程や校訂版作成の状況、曲解説を載せています。
内容は、CD「Schubert Adrast Einzelnummern und Entwürfe zu einer Oper D 137」Österreichische Akademie der Wissenschaften 2012のライナーノーツ(ドイツ語)からの翻訳です。

アドラストについて


マリオ・アシャウアー
シューベルト新全集
オペラ断片「アドラスト」


 シューベルト新全集は、1965年からチュービンゲンとヴィーンで行われている国際プロジェクトで、カッセルのベーレンライター社から注釈付き楽譜が刊行されている。このプロジェクトの目的は、フランツ・シューベルトの全作品に、研究者や演奏家が求めるような注釈をつけることである。この背景には、この全集をあらゆる入手可能な資料の比較の基準として作り上げるという試みがある。とりわけ、シューベルトの現存している断片、スケッチ、草稿には重点が置かれている。断片が残っている作品は、第1巻(教会音楽)、第3巻(重唱歌曲)、第4巻(歌曲)、第6巻(室内楽)、第7巻(ピアノ曲)では補遺として推定成立年代の順に付されている。第2巻(舞台音楽)と第5巻(管弦楽曲)では、それらに対しては独立した巻が設けられている。

 2010年の新シューベルト全集に基づいたシューベルトの未完成舞台音楽プロジェクトの一つはマリオ・アシャウアーによって進められており、シューベルトのオペラの一つの完成作品と草稿がオットー・エーリヒ・ドイチュの作品番号に従って「アドラスト」としてまとめられ、その音楽史が調査されている。というのも、シューベルトはこのオペラ断片に表題はつけていないのである。19世紀の間には、このオペラの中からは3曲しか演奏されなかった。1893年の旧全集には「アドラスト」が収められ、20世紀にも演奏が行われた。しかしそれらは不完全で、少なくともその時期には断片しか見つかっていなかった二重唱は欠けていた。現在オーストリア国立図書館の音楽コレクションに収められている自筆譜(アドラストの自筆譜の大部分はヴィーン市庁舎内の図書館に保管されている)は、歴史の中で失われた3つの楽譜を欠いている。しかし、ヴィーン男声合唱団の指揮者ヨハン・ハーベックによって、1868年12月13日にヴィーン楽友協会主催のコンサートシリーズの中で音楽のみの第6番と、第7番の二重唱「なんと晴れやかなことか」が初演されている。このコンサートの際に用いられた総譜はこれまで専門の文献からは失われていたが、楽友協会の文庫の中から発見された。彼らの協力によって、新全集ではこの二重唱を復元し、公開することができた。

 「アドラスト」の現存するシューベルトによる自筆譜は13曲あり、8曲は総譜、5曲は草稿である。紙の透かしと手稿の調査による最新のシューベルト研究に基づく成立年代は、1819年11月と1820年1月であることが明らかになっている。この時期には、シューベルトは詩人ヨハン・バプティスト・マイヤーホーファーの部屋に泊めてもらっていた。マイヤーホーファーはヘロドトスの『歴史(第1巻、34-45)』を元に、アドラストの台本を作り上げた。台本は現在は失われており、このことが原因で、このオペラ断片の校訂版の作成には大きな問題が生じることとなった。それはこのオペラのテキストを、シューベルトが実際に作曲した部分しか知ることができないという問題である。アドラストの自筆譜は不十分で、順番が記されていない。作曲したシューベルトは曲ごとに番号を付けてもいないし、ページ番号もないのである。その点では、多くの場面もまた、作曲順から根本的な筋を推測するしかない。それでも、一方の終わりと他方の始まりが同じ原稿に含まれている場合は、2つの曲に関連性を見出すことができた。それ以上の曲順に関する判断は、元となる物語に関する知識から推測していった。それでも、現在の資料からは筋も曲順も完全に断定することはできない。

 14曲のうち5曲は草稿の域を出ていない。草稿が未完成なことから、シューベルトの作曲環境が慌ただしかったことや、シューベルトが作曲を段階的に進めていたことが読み取れる。草稿Dからわかるように、シューベルトはまず声部(合唱部の場合必ずしも全声部ではない)と、多くの場合伴奏のバス部分を作曲している。完成稿と比較すると、オーケストラパートの楽器編成は、この時点ですでに決定されていたようである。シューベルトはいくつかのパートを空白にしているが、そこかしこに伴奏のための前奏・間奏・後奏のアイデアを書き残している。その後の段階で、シューベルトは伴奏を書き込み、空白のパートを埋めている。こうした過程は、とりわけ金捕りの合唱(草稿B)に顕著に見られる。シューベルトはまず最初の12小節を完全な形で書き、2枚目と3枚目の間で伴奏部を中断し、1パートのみが最後まで記されている。

 新シューベルト全集のヴィーン研究所設立30周年に際して、2010年11月19日にオーストリア科学アカデミーのホールで、「アドラスト」の現存する楽曲すべての完全な形での初演を行うことができた。オーケストラは、ケルントナートーア劇場のオーケストラが当時有していたものと同じ楽器・規模で演奏された。この晩のクライマックスで、アドラストの初めての完全演奏が、編者のマリオ・アシャウアーの解説つきで実現することとなった。このCDに収められたコンサートの模様は、あたかも新シューベルト全集の学術版プロジェクトの長年の努力と発展が形になったかのようである。

    藤井作


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