W・スコット(1771 1832)の原作になる小説:湖の乙女」から:

あらすじをご紹介しましょう:

T h e   L a d y   o f   t h e   l a k e 

by W・Scott   Y・C・M抄訳     

所はスコットランドの山岳地帯。時は16世紀。  

狩りの獲物の鹿を追って野山を駆け巡るうち、仲間とははぐれてしまった騎士、その上猟犬も馬も失なって、一人山道に迷っているうちに、とある山のさびしい湖のほとりに出ました。すると突然かれの前に、一人の美しい乙女が、湖の上を小舟を漕いで現われたのです。聞けば湖の中の小島に住んでいるという、かの女がかれを案内して、島の上の古い山荘へ連れて行くことになりました・・乙女の名はエレンといい、かれに向かってこう語りました。「実はある占い師のお婆さんに、”今日は立派な身なりの騎士の方が、このカトリン湖の岸辺を徒歩でやってきますから、その方を丁重にお迎えするように”といわれていたのです」。何かいわくがありそうな気配です・・・。 山荘の主(あるじ)は留守と見えて、かの女の伯母と名乗る老貴婦人と高齢のお手伝いの女性が出迎え、狩りの獲物の毛皮と刀や槍や弓矢、それに数知れない勝利のトロフィーが、所せましと飾られた客間へ、かれを迎え入れて歓待してくれました。「私はスノーダンの生まれで、名をジェイムス・フィッツ・ジェイムスという騎士です」、と名乗ったかれが、今度は相手の身分や姓名をたずねようとすると、老婦人はなぜか口ごもり、エレンはまるで冗談のようにクスクス笑いながら、こんな答えをするのでした。

エレン「実はもしかすると、私たちはみんな魔女なのかも知れませんよ・・私たちが住んでいるのは 人里離れた谷や山ばかり、そういう所に隠れて生きてるんですから・・大きな川の流れを塞き止めたり、大風に乗って空を飛んだり、道に迷った騎士をたぶらかしたり・・そういうことはみんな私たちの仕業かもしれません・・ウフフ・・でもネ・・時には姿も見えない演奏家が鳴らすハ−プの音に合わせて、こんな歌を歌ったりすることだってあるんですよ・・・」。   

・「エレンの歌1・・お休み戦士たち」   

「お休み戦士たち、戦さを忘れて眠れば、何も怖くない、戦いに明け暮れる日も終わ   る。このまま覚めないで、眠り続ければ、戦いに明け暮れる日も終わる。    

島の魔法の広間、優しい子守歌が、疲れた身体にこだます、琴の響きに乗せて。子守歌が鳴り響くよ、ハ−プの響きに合わせて。 目には見えない手で、あなたのベッドの中へ、眠りの花束が届く、魔法の国から来た、眠りの花束が届く、不思議な花束が。    

お休み戦士たち、戦さを忘れて眠れば、何も怖くない、戦いに明け暮れる日も終わる。このまま覚めないで、眠り続ければ、戦いに明け暮れる日も終わる。    

太鼓の轟き、戦さの合図、ラッパも鳴りやめ、君の夢を覚ますな、太鼓の轟き、ラッパの響く音、眠りを覚まさないで。 馬の足音も、番兵の声も、昼間の戦場も、君の夢を覚ますな・・馬の足音も、番兵の声も、眠りを覚まさないで。 ヒバリの朝の歌が、眠りを覚ませるまで、柔らかな沼地の草に撫でられ、目覚めるまで・・ヒバリの朝の歌を聞く、それまで眠りなさい。   

 お休み戦士たち、戦さを忘れて眠れば、何も怖くない、戦いに明け暮れる日も終わる。このまま覚めないで、眠り続ければ、戦いに明け暮れる日も終わる・・お休み・・戦士たち・・・」。   

・「エレンの歌2・・狩りを休め、猟師よ」   

「狩りを休め、猟師よ、まどろみに包まれて、朝の光が射しても、角笛は聞かないで、角笛は聞かないで、猟師よ、狩りを休め、狩りを休め、猟師よ。   
 シッ!鹿は寝ている、犬が見張りだ、何も気にしないでね、馬が死んでも・・馬は死んでも、何も気にしないで、大事な馬が死んでも・・。    

狩りを休め、猟師よ、まどろみに包まれて、朝の光が射しても、角笛を聞くな、角笛は聞くな、猟師よ、狩りを休め、狩りを休め、猟師よ・・」。  

夜がふけるとかれは、小奇麗な寝室へ案内されましたが、その夜は悪夢にうなされて、なかなか寝つかれませんでした。騎士は翌朝乙女に見送られて、湖の沖の小島を後にしました。でも、夢にまで見たかの女の明るい笑顔は、どこまでも彼の後を追って来るのでした・・・。その後しばらくしてかれが、またこの地方へやって来た時には、乙女は追放中の父親とともに、身の危険を感じてこの山荘も捨てて、山奥の窟(いわや)に隠れて不安な毎日を過ごしていました・・この前は鹿を追って、今度はかの女の面影を求めて、岩山の道に踏み迷ったかれが、途方にくれていると、どこからともなく、こんな歌声が聞こえて来たのです・・。   

・「エレンの歌3アベマリア」。   

「アベ・マリア、やさしい乙女、乙女の祈る声が、この岩の陰から、あなたに届くまで、待ち続ける。明日目を覚ますまで、この世の嵐を避けさせてください、優しい母のように・・アベ・マリア。    

アベ・マリア、汚れない乙女、恐ろしい敵たちは、みな追いやられて、ここには住めないと、知っているから、神の裁きを待って、静かに祈ろう・・乙女よ、聞いて下さい、乙女のこの祈りを・・アベ・マリア・・・」。

かの女の天使のような歌声をたよりに、やっとのことで岩や崖を這い上って、かれは絶壁の上にある岩窟に隠れたエレンを見つけ出したのですが、かの女は岩屋の中でかれに向かって、涙ながらにこう打ち明けるのでした。

「実は私の父ダグラス伯爵は、身に覚えのない謀反の疑いをかけられて、国王に追放された身の上なのです。私たち父娘をあの湖の山荘に匿(かくまっ)てくれていた伯母の一人息子で、山賊の頭目・黒鬼のロデリックが、突然部下を大勢連れてやって来て山荘を占領しました。かれはたちまち好色で血に飢えた本性をあらわにして、邪魔になると思ったのでしょう、父の許した私の婚約者・マルコムを、部下たちと一緒に剣を突きつけて脅迫し、とうとう身ぐるみ剥いで追い出してしまったのです。かれは命からがら、裸で湖を泳いで渡らなければなりませんでした。その上勝ち誇ったかれは、震える私に襲いかかって、むりやり肉体を奪おうとしたのです。あわやという瞬間に駆けつけて助けてくれたのが父でした。従兄(いとこ)のこの無礼なふるまいに激怒した父は、あわよくば私をロデリックと結婚させて、父を反乱軍の総大将にしようと画策する伯母と大喧嘩のすえ、 私と一緒にあの山荘を捨てて、ここへ隠れることに決めたのです。でも父は、いつまでも隠れているのに耐え切れず、都へ行って国王に直接お目にかかって謀反の疑いを晴らす、と言って出かけてしまいました。今山賊たちは『炎の十字架』を旗印に、国王に対して反乱を起こす準備をしています。火のついた十字架を背負った伝令が次々と野山を走って、各地の仲間に一斉蜂起を呼び掛けているのですから。

(「ノルマンの歌」)。

私も見つかればただではすみません。今や反乱軍の首謀者となった頭目・ロデリックの毒牙にかかって、何人もいる愛人の一人にムリヤリされてしまうか、それとも”裏切り者ダグラスの娘”として、部下たちのナブリモノにされて殺されるか、どちらかの運命が待っています。おまけにこの辺り一帯はすべて山賊たちの支配地ですから、もしも国王の臣下だとしたら、あなたもこのままでは危険です。どうか早く逃げてください」。

「私よりあなたの方がずっと危険ではありませんか。もしも反乱軍が襲ってきたら、私が騎士の名誉にかけて一騎当千の腕を振るって、命がけであなたをお守りします」、と騎士がいうと、エレンはこう答えました。

「私のために命をかけてくださるお気持ちがあるのでしたら、どうか一足先に安全な間道を抜けて、都へお帰りになって下さい。そして国王陛下に、父ダグラスには謀反の気持ちなど少しもないのだ、ということを証言して、口添えをして下さいませんか。もし疑いが晴れないままだったら、わたくしが父のいる都へ行くことは、意味がないどころか、国王の軍勢に追われて逃げ帰る時には、足手まといになるだけですから」。

エレンに安全な間道を教わった騎士は、かの女も一緒に連れて行こうとしますが、かの女はどうしてもウンと言いません。

「父は、謀反の疑いが晴れたら堂々と迎えに来る、晴れなければ一生この岩屋におまえと隠れて暮らすつもりだ、とにかく私から連絡があるまで、けしてここを動いてはいけない、と言いました」。

騎士は仕方なくはめていた金の指輪をかの女に渡して、「これさえ持っていればスコットランドの国王が、どこにいても必ずあなたの身の安全を保証してくれますから」、と言い残して渋々立ち去るのでした。

その後まもなく、この岩窟の隠れ家まで山賊たちに突き止められ、今日明日のうちにも反乱軍が迫って来るという情報が入って来たので、エレンはやむなく竪琴弾きの老人とともに、身一つで逃げるほかなくなってしまいました。着のみ着のまま旅芸人に変装して、父のいる都を目指したエレンは、途中いろいろな危険に出会って命からがら、ようやく都の王宮にたどり着きました。ところが、旅芸人の歌姫兼踊り子と年老いたハープ弾き、という親子連れに身をやつした、二人のみすぼらしい様子を見て、たとえ騎士の名前を告げられても、役人たちはなかなか取り次いでくれませんでした。何度門前払いを食わされても立ち去ろうとしないので、業を煮やした下っ端役人が二人を逮捕してしまい、傭兵隊の溜まり場へ拉致されたエレンは、そこにいた大勢の荒くれ男たちに、格好の慰み物にされそうになりました。するとそこへ、身ぐるみ剥がれてあわや襲われそうになったエレンの悲鳴を聞きつけて、隊長格の男が現れました。かれは震えているエレンの、ただの旅芸人にはない、気品のある美しさに目を留めて、「これはもしかしたら、ただの乞食女ではなく、何かわけがあるのかも知れない」、と思い直し、一先ず別室で事情を聞いてくれることになりました。ほかには何一つ身分を証明するようなものは、身につけていなかったエレンでしたが、永い尋問がやっと終って、最後に騎士にもらったあの金の指輪を見せると、その男の顔色がさっと変わりました。そこには紛れもない国王の紋章が刻まれていたからです。かれはあわてて宮殿の中へ、エレンと老人の二人を案内して、着の身着のままだった二人を、とりあえず別々の更衣室へ連れて行くことに決めました。

エレンと老人が、それぞれの部屋に用意された立派な衣装に着替えて、さらに案内された豪華な控えの間で待っていると、やがて例の騎士・ジェイムスが姿を現わし、「おめでとう、父上は謀反の疑いが晴れて、また伯爵に取り立てられました、喜んで下さい。あなたに無礼を働いた役人や傭兵たちは、全員厳しく罰せられるでしょう」、と言います。二人がかれの後について宮殿の大広間へ足を踏み入れると、居並ぶ王族や重臣たちが、一斉にかれの方を見上げて「国王陛下、万歳」、と叫びます。かれこそスコットランドの国王・ジェイムス5世その人でした。

反乱に失敗した山賊の頭目ロデリックは牢につながれ、エレンの父は伯爵として王に再び忠誠を誓い、そしてエレンは山賊に追い出された婚約者マルコム、実は国王の忠臣マルコム・グレイム卿と再会して、国王みずからが仲人となって目出度く結ばれることとなりました。

反乱軍の支配する土地と、国王の直接の領土とが境を接する境界線で、国王とは知らずに旅の騎士に一騎打ちを挑んだすえ、敗れて重傷を負ったロデリックは、そのまま王宮に運ばれて囚われの身となりましたが、かつて湖の山荘に雇われていた竪琴弾きの老人が最後の面会に行くと、かれのハープに合わせてエレンに対するかなわぬ恋を歌った歌を一曲歌い、「恋も命も終わった」、とつぶやいてみずから命を絶つのでした。この歌が宮廷で歌われて披露されると、エレンもたった一滴の涙を落としましたが、悪名高い反乱軍の頭目・黒鬼ロデリックの最後を伝えるこの歌は、いつまでも人々の心に残ったのでした。

囚われた狩人の歌

 

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