2018年秋の例会

オペラ歌手が歌う
  バラードとリートの午後


演 奏
テノール: 澤武紀行
ピアノ: 野間春美

プログラム
ます
野ばら

笑いと涙
シルヴィアに

こびと

(休 憩)

小休みなき愛
ガニュメート

馭者クロノスへ
音楽に寄せて

2018年11月23日(祝)pm2:00開演
会場:早稲田奉仕園・リバティホール

主催:国際フランツ・シューベルト協会



例会感想

 初春の例会からはや半年以上が経過した11月23日、秋の例会「オペラ歌手が歌うバラードとリートの午後」が早稲田奉仕園のリバティホールで開催された。今回は昨年にも登場していただいた、ドイツで活躍されているオペラ歌手の澤武紀行さんと、ピアノの野間春美さんによる歌曲が披露された。前回にも増して大盛況の例会となったので、その様子を以下にお届けしよう。
 トップを飾ったのは、おなじみ「ます」D.550である。この曲は弦楽五重奏曲の主題としてもよく知られているが、實吉さんの解説によると、元となるシューバルトの詩ではさらに続きがあり、「だまされたマス」になぞらえて若い女性に悪い男に引っかからないように注意する内容であった。そのお説教くさい部分をシューベルトは削り、より純粋に情景を描写した歌に仕上げたということだ。この曲の魅力はなんと言っても水の流れを表現した軽やかなピアノ伴奏と、それに乗せた楽しげな歌唱である。野間さんのピアノはまさに流れるようで、歌も情感たっぷりに例会の始まりを告げていた。続く曲も定番の「野ばら」D.257である。こちらもおなじみ過ぎてわざわざ解説するまでもないが、同じメロディーの有節歌曲の中でストーリー展開があるのがポイント。その期待通り変化に富んだ歌唱を聴くことができた。それに続くのは明るい2曲「笑いと涙」D.777と「シルヴィアに」D.891。どちらも楽しげな曲だが、笑いと涙ではころころ変わる喜びと悲しみの表情の変化を、シルヴィアにでは弾むような伴奏に乗せた美女賛歌を堪能できた。
 第一部のトリを務めたのが、バラード「こびと」D.771である。この曲はめったに演奏されることがないので、今回の目玉といえる。杉山さんも詳しく解説されていたが、作詩は「夜と夢」のマテウス・フォン・コリンで、こびとと王妃の間の不思議な物語が展開される。「こびとZwerg」というのはディズニーの白雪姫のようなものを想像しがちだが、当時のイメージはホフマンの「砂男」のような醜く、不気味な存在であったことは念頭に置いておこう。その内容は、舟の上にいる王妃とこびとが語り合い、こびとが王妃を殺害して自らは姿を消す、というものである。王妃は死ぬことが運命づけられていたと語り、こびとは王妃に見捨てられたと憎しみをもって語るが、その様子には悲しみも満ちている。この状況に至るまでの背景は解説されないので、実に想像力を刺激される内容となっている。演奏は、さざ波を表現した重苦しいピアノ伴奏で始まり、しばらくは歌による情景描写が行われるが、その後2人のドラマが展開される。とりわけ、「そのとき こびとは王妃の前に歩み」の箇所からは緊迫感が高まっていく。こうした流れは「魔王」と似ているが、相違点はナレーションの役割である。魔王ではあくまで最初と最後に説明を入れるだけの立場だったナレーションが、ここでは登場人物の台詞と相まって感情がこもってくるのである。そしてこびとの放つ怒りに満ちた台詞と王妃の落ち着いた姿勢の対比は、まさにオペラの一場面であるかのようだった。
 第二部はゲーテの歌曲「小休みなき愛」D.138の嵐のような勢いに始まり、「ガニュメート」D.544の至福の情景が歌われるなど引き続きドラマ性たっぷりで、それは同じくゲーテの歌曲「馭者クロノスへ」D.369で頂点に達する。この曲は勢いのある伴奏が特徴の変化に富んだ内容で、今回聴くのを大いに楽しみにしていた一曲だった。人生の過程に見立てた馬車の歩みは登りあり、下りありで、最後はとうとう冥府の門に到着するが、そこでも湿っぽくなることはなく、角笛を吹きながら盛大に入場していく、という勢いに満ちた曲である。場面転換が目まぐるしいにもかかわらず澤武さんの歌唱はそのすべてを変幻自在に表現しており、まさにこの曲にふさわしい演奏を聴くことができた。最後の一曲は落ち着いた「音楽に寄せて」D.547である。音楽が持つ人生を元気づけてくれる力を讃えたこの曲は例会の締めにはぴったりであろう。両者の演奏はまさにこの曲の魅力を存分に引き出すものだった。
 プログラムはここで終了だが、今回は例外的に2曲もアンコールを聴くことができた。一曲目はあの「魔王」D.328である。澤武さんの魔王は去年も歌われて強烈な印象を残したが、今回もその見事なドラマ性は健在で、子供と魔王、父親がこの上なく生き生きと、真に迫った様子で演じられた。それに続いたのが、小林秀雄作曲の「落葉松」である。この曲は日本語で歌う歌曲がぜひとも欲しいという要望が実現したもののようだ。変形有節歌曲と言うべきか、同じメロディーを繰り返しながら徐々に盛り上がっていくこの曲は、澤武さんの歌唱によってより一層心動かされるものとなっていた。
 以上が、秋の例会の報告である。今回は前回にも増して、澤武さんが得意とされるドラマ性のある歌曲がチョイスされ、なおかつその目論見は見事に当たっていたという印象を受けた。明るい曲もあり、悲痛な曲もありであったが、すべてに共通するのは表情が豊かなことで、澤武さんの歌唱は曲の情感を何倍にも高めるものであった。そのことはもちろん野間さんのピアノ演奏についても同様で、今回は伴奏が特徴的な難曲も多かったが、歌に負けず劣らず表情豊かな演奏を聴くことができた。おかげで聴衆も大いに盛り上がっており、その熱気は演奏家の二人にも伝わったであろう。このような楽しいコンサートを実現していただいた杉山さん、澤武さん、野間さんには、この場を借りてお礼を申し上げたい。

    藤井記


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