2019年初春の例会

ビオラが歌う
   シューベルト


演 奏
ビオラ:中川玲美子
ピアノ:大原亜子

プログラム
■ バイオリンとピアノのための
      ソナタ イ短調 D385
■ バイオリンとピアノのための
      幻想曲 ハ長調 D934
               ほか

2019年3月10日(日)pm2:00開演
会場:サローネ・フォンタナ  

主催:国際フランツ・シューベルト協会



例会感想

 3月10日に開催された新年初の例会は前々から楽しみにしていたが、その内容はまさに期待を裏切らないものであった。以下に例会の様子をお伝えする。
 今回は「ビオラが歌うシューベルト」という題で、ピアノの大原亜子さんとビオラの中川玲美子さんのデュオを披露していただいた。最初の曲目は「無言歌」ということで、歌曲の歌唱パートをビオラで演奏するものである。杉山さんは誰もが知っている歌は外し、すぐにメロディが浮かばない曲を選んだと話されていたが、演奏されたものは実際に知らないものばかりだった。答え合わせも兼ねて内容を解説すると、1曲目はマイヤーホーファーによる詩のD.476「帰路」。ドナウ川に沿ってウィーンへ帰る途上の情景と憂いを歌った曲である。8分の6拍子のゆったりした伴奏に、アルトと呼ぶにふさわしい豊かなビオラの音色が重なる。2曲目もマイヤーホーファーのD.477「古き愛は朽ちず」で、こちらは「野ばら」を思わせる軽快なリズムで、先ほどの曲に対し、こちらはビオラがスタッカート気味で、また異なる響きを楽しめた。曲の後奏のピアノが「連祷」のそれに似ていることも気になった。最後の曲はコーゼガルテンのD.457「沈む太陽」で、非常にゆったりしたA部で少し動きが出るB部と流れるようなC部を挟んだロンド形式になっている面白い曲だった。この3曲の無言歌を通しては、タイトル通りビオラがいかに歌うことができるかということを味わえたように思われる。弦楽器への歌曲の編曲としてはミッシャ・マイスキーのチェロによるものを聴いたことがあるが、中川さんによるビオラはそれに負けず劣らず歌っていた。それぞれの歌曲で歌われている内容がわからないので、ビオラの音色に聞き耳をたててみる。そうするとその表情から、歌っている内容がそれとなく伝わってくる。それを受けてどんな曲なのだろうと考える。こうしたことが無言歌の醍醐味だと思うし、今回はまさにそれを楽しんで聴くことができた。
 続くプログラムはバイオリンとピアノのためのソナタイ短調D.385である。ここからは、バイオリンの曲をビオラに編曲しての演奏となる。こちらは初期の作曲で、第一楽章は8度、9度、10度などさまざまな距離の2分音符の跳躍音形が特徴的。単純に見えるが、目の前で見てみると弓の上げ下げがダイナミックで、たっぷりと響く弦楽器ならではな音形である。第二楽章はまさにシューベルトといえる、歌曲のようなメロディが印象的な曲。先ほどの無言歌のおかげで、こちらも何を歌っているんだろうということを想像したくなるようなものだった。中間部ではピアノが流れるようなパッセージになり、先ほどの跳躍音形も現れる。第三楽章はピアノソナタでもしばしば見られるメヌエット形式だが、弦楽器が入るとより一層リズミカルに、演奏家自身が踊っているかのようなものとなっていた。第四楽章はこれまた歌を思わせるメロディから始まるが、その後ピアノ、ビオラともに3連符によるスケールが連続する動的な箇所に移り、それらが交互に現れる。
 この曲に対するお二人の演奏は見事だったと言う他ない。何より、アイコンタクトがほとんどなくてもまったく問題がないほど息が合っていた。曲の出だし、盛り上がる部分、停止する部分のどれを取っても、微塵もずれがなく2人で1つの曲を奏でていた。個々の音には無駄がなく、どちらかが目立ちすぎることもない。どの部分が重要で、この次にどのような変化が起こるかということをお互いが熟知していることが伝わってくるような演奏だった。
 休憩を挟んだ第二部で演奏されたのが、今回の目玉であるバイオリンとピアノのための幻想曲ハ長調D.934である。この曲はよく知られているように、歌曲「挨拶を贈ろう」D.741のメロディが用いられている。このように歌曲が用いられているものは、「死と乙女」や「ます」、「さすらい人」、「しぼめる花」などいくつかあるが、すべての歌曲がこうした編曲の機会を得ているわけではない。これは想像にすぎないが、これらの歌曲や同じく編曲された「ロザムンデ」はシューベルトにとって特別思い入れが深いものだったのではないだろうか。特に「挨拶を贈ろう」に関してはそれほど定番曲ではないが、後でまた使うほど彼が気に入っていたのだろう、実はそう考えてこの歌曲を自分のD番号に選択したのである。もちろん、この歌曲自体がお気に入りなのもあるが。
 曲の内容に話を移すと、このソナタはさすらい人幻想曲と同様に楽章の区切りが薄い形式になっている。冒頭は導入部から始まり、ピアノのトレモロに合わせて弦楽器が豊かな音色を響かせる。そこからB部に入り、短調の魅力的なメロディが奏でられる。その合間に軽快でヴィルトゥオーゾ的なパートが挟まれ、即興曲Op.90-4でおなじみの音形もそのまま現れる。ここまで聴くとチャルダーシュのようでもあるが、ピアノが単なる伴奏にならずに躍動する点が異なっている。ところがC部に入ると雰囲気が一変し、「挨拶を贈ろう」変奏曲が始まる。元が歌曲だけに主題の箇所はまさに無言歌であるが、伴奏とメロディともに絶妙なアレンジが加えられ、よりドラマチックにメロディが歌い上げられる。そこから4つの変奏が展開されるが、分散和音、ピチカート、トリルと数々の技巧が披露されるきらびやかなものとなっている。最後の変奏はその極みと言えるカデンツァが置かれ、導入部に似たトレモロが連続するD部に移る。続くE部では、シューベルト得意のダクテュロス(長短短)にその逆のアナパイストス(短短長)を合わせた、長短短短短長の一貫したリズムで進行する。いかにもフィナーレに聴こえるが、ここでひとひねり加えるのが晩年のシューベルトである。大きな盛り上がりを見せた後、F部では意外なことに「挨拶を贈ろう」の主題が回帰する。一部の楽章のみに歌曲が使用されている他の多くの曲と異なり、全体を貫くテーマとしてこのメロディが用いられているといえるだろう。メロディを情感たっぷりに歌い上げると、E部の主題を含んだ速く短いコーダでこの曲は締めくくられる。
 ここまで詳細に曲の内容を解説してきたが、それというのもこの曲がシューベルト楽曲の中でも格別に大規模で複雑、かつ美しいメロディに満ちていると考えているからである。以前の例会で聴いたスウェーデン民謡を用いたピアノ三重奏曲第2番変ホ長調D.929と並んで、シューベルト楽曲のトップに挙げたいほどだ。その三重奏曲でピアノを演奏してくれたのも大原さんで、あの時はこれ以上ないほどの感動が得られたが、今回の演奏もそれを上回るものだった。うまく表現できないが、大原さんの演奏はそれ以上のものが思い浮かばないという共通点がある。シューベルトの曲を何度も聴いていると、ここはもう少し遅いほうがとか、この音を強調してほしいとかの贅沢な要求が出てくるのだが、大原さんの演奏に限っては、いつも頭の中の理想像とぴったり一致するのだ。これは不思議な事だが、とにかく聴きたい音をそのまま聴かせてくれているように感じるのである。しかしこの点も、高い技巧に裏打ちされているからこそである。それも、ミスをしないなどという次元の話ではない。この演奏は絶対に素晴らしいものになるという自信と迫力が、大原さんの演奏からは伝わってくる。  そのことは中川さんのビオラについても同様だが、メロディを担うことが多いだけに、歌が聴こえてくるという魅力がさらに加わる。この点については本例会で一貫して味わうことができたが、とりわけ格別だったのは、幻想曲の冒頭部分である。ここでは低音でロマンティックに歌う箇所もあり、ビオラの良さも存分に感じることができた。その後の変奏曲では、のびのびとした歌と技巧的な激しい動きの双方を楽しめた。  総じて今回の例会は、まさにピアノとビオラによる「歌」だったと言いたい。それも通常の歌曲と、この組み合わせでしか聴けない「器楽の歌曲」の二本立てという、きわめて贅沢な内容だった。このような貴重な体験は、他では決して得られないものだろう。演奏してくださった大原さん、中川さんおよび、この企画を実現してくださった杉山さんには、惜しみない拍手を贈りたい。

    藤井記


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