2022年夏の例会

弦楽四重奏のための「断章」と
  ト長調・弦楽四重奏曲を聴く


演 奏
ヴァイオリン:橋宗芳 中澤沙央理
ヴィオラ:山愛
チェロ:寺田達郎

プログラム
《カルテットが歌う三つの無言歌》
「秋の夜の月に寄せて」
「母の埋葬の歌」
「万霊節の連祷」

《弦楽四重奏曲「断章」ハ短調》

《弦楽四重奏曲 ト長調》

2022年6月11日(土)pm1:30開演
会場:早稲田奉仕園 リバティホール  

主催:国際フランツ・シューベルト協会



例会感想

 世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、シューベルト協会の例会は2019年11月のものを最後に、久しく開催することができていなかった。しかし感染が落ち着いてきたこともあり、去る6月11日に2年半ぶりの例会が実現した。この期間、音楽関係者の方々は非常に厳しい状況だったことと思われる。そのような状況にもようやく終わりが見えてきたことは、何より喜ばしいことだし、久しぶりに聞けたシューベルトの音楽は、これまで以上にありがたいものだった。
 例会のテーマは「弦楽四重奏のための『断章』とト長調・弦楽四重奏曲を聴く」。今回は橋宗芳さんをはじめとしたパティナ弦楽四重奏団の方々の演奏を聴くことができた。そのメンバーは、ヴァイオリンの橋さんと中澤沙央理さん、ヴィオラの山愛さん、チェロの寺田達郎さんである。
 最初に演奏されたのは、「カルテットが歌う3つの無言歌」ということで、歌曲を弦楽四重奏に編曲したものである。第1曲「秋の夜の月に寄せて」D.614で、穏やかな月に語りかける詞だが、その胸の内には悲しみがあることが伝わってくる内容。演奏では2台のヴァイオリンが順番にメロディを奏でる形にアレンジされており、美しいメロディが存分に伝わってくるものだった。有節歌曲に見えるが変化があり、中間にレチタティーヴォを含むさまざまな展開が行われるダイナミックな曲だった。第2曲「母の埋葬の歌」D.616はそのタイトル通り母親の墓の前に立ち、その面影を思い出す父と息子の歌である。ゆったりとしたソナタの緩徐楽章のようなその曲調は、弦楽四重奏の編成で演奏するのにふさわしいものだった。メロディの終わり際に全休止を入れるなどの細かな工夫も、情感をますます高めていた。3曲目はおなじみ「万霊節の連祷」D.343。万霊節はカトリックで死者の魂に祈りを捧げる日であり、ランタンを持って墓参りをするなど、日本のお盆にも近い。歌詞もさまざまな原因で亡くなった人々の霊を慰めるもので、状況に応じて歌う節を変えたりもする。2節分が演奏され、最初はなんとヴィオラの山さんがとても低い音を出してメロディを担当されていた。ヴィオラがメインの曲というのをほとんど聴いたことがなかったので、このような深みのあるメロディを聴くことができたのは貴重な体験だった。2節目はメロディが橋さんの第1ヴァイオリンに移る。こちらも前節との違いを感じながら楽しむことができた。
 続いて演奏されたのは、弦楽四重奏曲「断章」ハ短調D.703である。この有名な曲は、「未完成」と似て第1楽章と少ししか作曲されていないが、非常に美しいメロディと構成のため好んで演奏されている。まず印象に残ったのは冒頭部分である。第1ヴァイオリンから始まり、徐々に楽器が加わって上昇し、下降音形に至るが、この箇所を目前で聴くことで、ダイナミックさがさらに増しているように感じられた。音だけで聴くのとは違い、それぞれの演奏家の方の動作が目に入ることで、伝わってくるものが変わるのである。これは、生演奏ならではの醍醐味なのではないかと思う。曲は三連符を基調にしたソナタ形式で、第一主題のヴァイオリンの音色は素晴らしかったし、その後のトレモロや3人が一致して動く箇所のハーモニー、そして何と言っても一番の聴きどころは「未完成」第二楽章を思わせる第二主題のチェロのピチカートだろう。これもその動きを見ながら聴くことで、ますます心に残るものになった。その先も展開部の順番にモチーフを演奏する箇所や再現部への自然な移行、冒頭部分の再登場によるコーダと、聴きどころがたっぷりだった。
 休憩を挟んで次に演奏されたのが、弦楽四重奏曲ト長調D.887で、この曲はこれまで聴いたことがなかったが、素晴らしい演奏で十分にその魅力を味わうことができた。第一楽章Allegro molto moderatoは冒頭の三度の音形が、ほぼ同時期に作曲されたベートーヴェンの第九の第一楽章を思い起こさせる。ただシューベルトはそれを付点リズムのモチーフとして、至る所で用いている。跳躍とトレモロが多い構成で、見ていてなかなか迫力があった。途中でタターンタタタというシンコペーションのリズムも頻発するようになるが、シューベルトには珍しいものである。展開部でも付点リズムのモチーフを中心に曲が進み、さらにダイナミックな展開を見せる。再現部もピアノソナタなどと比べるとかなり変化が多く、とても凝ったつくりになっており、たっぷり楽しむことができた。
 第二楽章Andante un poco motoはうって変わって明らかに歌曲を意識した構成で、最初はチェロがメロディを歌う。その後B部は動きが激しくなり、休止もさし挟まれ印象が大きく変わる。その後展開部のような形で少しA部のメロディが戻ってくるが、すぐにB部に再度移行する。その後はまたA部のメロディが現れるので、全体としては二部形式といえるだろうが、今までに聴いたことがないような面白い構成のように思う。寺田さんのチェロも情感たっぷりで、常に歌が感じられる演奏だった。
 第三楽章Allegro vivaceはシューベルトのソナタにしばしば見られるようなスケルツォとなっている。6音の連打が特徴的で、次の小節の4分音符3つと合わせて一貫したリズムを形成している。全員の一致した動きが見ても聴いても楽しい箇所だった。Allegrettoのトリオ部は一転してメロディが強く感じられるものになっていて、最初はチェロが、次はヴァイオリンが美しい音色を奏でていた。
 第四楽章Allegro assaiは8分の6拍子で、跳ねるリズムが特徴的となっている。ピアノソナタD.958の第四楽章や、弦楽四重奏曲D.810「死と乙女」第四楽章と同じタランテラだろう。この2曲と違うのは、途中すぐに明るい調子に移り変わるところで、その部分のメロディは楽しげである。構成はA-B-A-B-Aの二部形式だと思うが、構造はかなり複雑で、跳ねるリズムからレガート中心になったり、第二ヴァイオリンがメロディを奏でる箇所があったりと、変化に富んでいる。かなりの長さがある楽章だが、その中であの速いテンポで弾ききる様子は素晴らしかった。
 全体としてこの弦楽四重奏曲は他の曲に増して工夫が凝らされている構成になっており、ボリュームもたっぷりなので実に聴きごたえがあるものだった。パティナ弦楽四重奏団の方々の演奏は、この曲の良さを存分に引き出していたように思える。
 最後に異例のアンコールとして、「秋の夜の月に寄せて」を再度演奏していただいた。激しい前曲から一転してゆったりとした気分で締めることができたので、リクエストに答えてくれた演奏家の方々には感謝したい。 総じて今回の例会は、直接音楽を聴くことができるということのありがたみを存分に味わえるものだった。やはり生演奏は録音や動画とはまったく違うものであって、聴いた時の心の動かされ方も段違いであった。加えて曲の構成も、美しいメロディを堪能できた無言歌と、重厚な弦楽四重奏曲からなっており、それぞれ違った形で楽しむことができた。
 この例会を開催するまでに、代表の杉山さんと、パティナ弦楽四重奏団の皆さんには大変な苦労があったと思われるが、例会の内容はその苦労に見合った、素晴らしいものだったように思う。数々の困難にもかかわらず例会を実現させて下さったこれらの方々には、この場を借りて惜しみない拍手と感謝の念を贈りたい。


    藤井記


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