第一曲 : 「恋の使い(Liebesbotschaft)」

原詩の大意 :

「ざわめく小川、銀色で明るく光る小川よ、

あの娘の所へ陽気に素早く急ぐのか?

ああ、親しい小川よ、僕の使いになってくれ

遠く離れた恋人の、この挨拶を届けておくれ

彼女が庭で丹精こめた、きれいな花をことごとく

彼女が胸に抱えていた、いとしい花をことごとく

おまけに真紅に燃えるバラの花を

小川よ、涼しい流れで蘇らせてくれ

(くりかえし)

彼女が岸辺で夢の世界に沈み、

僕を想ってうなだれる時、

おまえの親しいまなざしで

かわいいあの娘をなぐさめてやれ

恋人は間もなく帰ってくるからと。

(くりかえし)

赤い夕陽が沈む時

愛するあの娘を眠らせてやれ

お前のつぶやくせせらぎで、甘いやすらぎに誘い

恋の夢を見るようにささやき続けろ

(くりかえし)」。

音楽的データ

G(ト長調)、2/4拍子、75小節。

テンポはZiemlich langsam (ややゆっくり)と指定されている。最初の5小節は前奏、最後の7小節は後奏。ピアノで演奏される前奏は、山の斜面を流れ下る急流のような、16分音符が一小節の中に16個並ぶという形で始まり、この構造は最後まで変わらない。6小節目から歌が始まるが、ここから伴奏はピアニシモになる。「銀色に光る小川、あの娘の家に急ぐ」の部分は自然な明るい音形になっているのに、3節目の「おまえはぼくの使い」の所がなぜか悲しそうなメロディーに変っている。さらにここの部分(楽段)を締めくくる「便りを届けてくれ」の所も、いかにも悲痛な叫びを表わすかのような物悲しい音形のままである。ここまで聴いただけでも、歌詞と音との断絶というか乖離を感じないわけにはいかない。ということは、この主人公が、しばらく別れていた恋人の所へ間もなく戻るという、喜びと期待に胸をはずませている、という歌詞の表現するありふれた状況とは、何か違うものを暗示していると言わざるを得ない。

二つ目の段落(ペリオーデ)は、「庭に咲いた草花は、あの娘の胸の粧い」という明るいメロディーではじまり、同じ急流を表わす伴奏に乗りながら、「真紅に燃えるバラの花を、涼しい流れに浸そうよ」とさらに明るさを強調した上、最後にもう一度「真紅に燃えるバラの花を、小川の流れで咲かそうよ」、と繰り返して風景の明るさとバラ(とともに恋人の)美しさを強調する。だがこの明るさと美しさが、果たして文字どおり単純な翳りのないものであるかどうかについては、まだ大いに疑問が残る。ズバリ言い切ってしまえば、それはまるで「この世のものならぬ明るさと美しさ」なのである。

2小節の間奏のあとに続けて、「岸であの娘がまどろみに、僕を想って沈めば」とまるで子守り歌のような優しいフレーズが歌われるが、これも恋人に伝える単純な愛のメッセージであるかどうか、きわめて意味深長である。その後で調が変って「優しくなぐさめてくれよ、僕はすぐに帰ると」、と小川に呼びかけ、さらにもう一度かれは「優しくなぐさめてくれ、僕はすぐに帰るから」、と繰り返している。これは一体何を意味するのか?歌詞の表面をたどっただけでは見過ごしてしまう、シューベルトの音楽のみが伝える悲しい内容が、いやでも聴く人の胸に響いて来てしまうのだ。

ここからは私のシューベルトによって触発された、いわば想像の世界に属するかもしれないが、この主人公かまたは恋人の女性は、ひょっとしたらもうこの世にはいないのかもしれない。そう仮定した時にはじめて、歌詞の世界とは別の、シューベルトの歌の世界の悲痛な美しさが、より一層強調されることは間違いない。

3小節」の間奏を経て再び元の調に戻り、主人公は「赤い夕陽が沈めば、あの娘の子守り歌、せせらぎを聞かせてやれ」と歌って、恋人への想いを強調して、最後に「恋の夢を見せろ。恋の夢を見せてやれ」と繰り返して終るのだが、小川に向かって「子守り歌を聞かせてやれ」と叫ぶのは、相手(もしくは自分自身)が、すでに死体になって川に沈んでいる場合以外には考えられない。シューベルトの最初の歌曲集「美しい水車場の娘」の終曲も「小川の子守り歌」であり、ここと全く同じ情景とモチーフによって成り立っているではないか。

後奏の6小節は、まるで無情な自然の風景を表わすように、急流のような16分音符の連続を奏でたまま、ディミヌエンドとなって静かに終る。あたかもせわしない川の流れが、木の葉も浮木も人の死骸も、時の流れと同じように一切の区別をしないで、あっけなく引きさらって行くように・・・。

 

「恋の使い(Liebesbotschaft)」 D957−1

L・レルシュタープ詩

Y・C・M邦詩

G(ト長調)、2/4拍子、75小節。

Ziemlich langsam (ややゆっくり)

 

「(前奏5小節)

銀色に光る小川。あの娘(こ)の家に急ぐ。

おまえは僕の使い。便りを届けてくれ。

庭に咲いた草花は、あの娘(こ)の胸の粧い。

真紅に燃えるバラの花を、涼しい流れに浸そうよ。

真紅に燃えるバラの花を、小川の流れで咲かそうよ。

岸であの娘(こ)がまどろみに、

僕を想って沈めば、

やさしく慰めてくれよ、

僕はすぐに帰ると。

やさしく慰めてくれ、

僕はすぐに帰るから。

(間奏3小節)

赤い夕陽が沈めば、

あの娘(こ)の子守り歌、

せせらぎを聞かせてやれ。

恋の夢を見せろ。

恋の夢を見せてやれ。

(後奏4小節)」






 

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