「白鳥の歌」第6曲

「はるかな土地で」

音楽データ

ロ短調、3/4拍子、117小節。テンポは「ややゆっくり(Ziemlich langsam)」と指定されている。最初の7小節は前奏で、この重々しい旋律は、全体を通じて3度繰り返される。従って曲全体は、この7小節の旋律を挟んで3つの部分に分かれることになるが、後半は全体の調がロ長調に変っているので、全体を短調と長調の2つの部分に分けるのが妥当であろう。

前半は第2曲「戦士の予感」とやや趣が似ていて、例のアインシュタインが「何の為にロ短調で書かれているか」、と述べてその実例として「(通称)未完成シンフォニー」と「スライカT」とを挙げているように、「秘められた、或いは不気味な威力に満ちている」曲である。制作年代からすると、実例として挙げられている2曲よりも、この曲の方がずっと後であるから、この曲はいわば「秘められた、或いは不気味な威力に満ちている」作品としては、最後の完成品と評してもよい。

この主人公は故郷を棄て家族を棄てて、果てしない世の荒波に向かって一人旅を続ける人間であるが、前半の余りにも重苦しい曲調からして、楽しさはもちろん勇ましさとも無縁で、言わば自暴自棄の果ての一人旅、まるで追放され流ザンの道をたどる孤独の旅を行く人のようである。家族も友人も恋人でさえも、もはや彼を引き止める力にはもちろん、後ろを振り返るよすがとすらならないのである。

まるで同じものの裏面というか鏡像のような後半部分は、テンポがまったく同じまま明るく力強い長調に変っているが、この明るさは言わば二面性をそなえている。「冬の旅」でしばしば指摘したような「悲しい明るさ」を強調する悲痛な美しさも欠けてはいないが、この曲の場合にはその上さらに、悲壮な勇気を奮い起こす力強さ、或いは雄々しささえも感じさせる終結となっている。けれどもここでもやはり、他の多くの曲と同様に、この雄々しさ、力強さは痛ましい悲劇を暗示させる不気味さを残しており、特に最後のフレーズ「別れの言葉、挨拶を贈ろう」は、この推測を音によって明白に裏付けるものである。






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